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広島高等裁判所 昭和38年(ネ)115号 判決

控訴人 将光商事株式会社

右代表者代表取締役 森脇将光

右訴訟代理人弁護士 長田喜一

曽我部東子

山崎武三郎

菅井俊明

岡田俊男

被控訴人 山口市

右代表者市長 兼行恵雄

右訴訟代理人弁護士 小河虎彦

塚田守男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の反訴を却下する。

控訴費用及び当審における反訴に関する訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本訴請求について。

控訴人が、金額三〇〇万円、振出人山口市長長井秋穂、振出日昭和三二年一二月七日、満期昭和三三年三月二〇日、支払地と振出地各山口市、支払場所株式会社山口銀行山口支店と記載された原判決別紙記載第三七号の本件約束手形の所持人であることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、長井秋穂は昭和三二年一二月当時、被控訴人山口市の市長であったが、同人個人の借金の目的で数通の約束手形用紙の振出人欄に山口市役所宮野出張所備付の山口市長印を押捺して、その他の要件欄は白地のまま訴外水野繁彦に交付し、同人に白地部分の補充を一任したこと、水野は右各手形の受取人欄以外の部分の白地を補充し、原判決別紙記載の本件手形外十二通の約束手形を完成した上、訴外富士物産株式会社を通じて控訴人に対し右各手形を交付しその割引を受けたこと、並びに右各手形の振出について、長井秋穂は山口市議会の議決を経ていないことを認めることができる。地方自治法第二三九条の二によると、「普通地方公共団体は、法令又は条例に準拠し、且つ、議会の議決を経た場合の外、予算で定めるところによらなければ、当該普通地方公共団体の債務の負担となる契約の締結その他の行為をしてはならない」のであるから、前記認定のとおり、長井秋穂が自己の金融をうるため、山口市長名義を利用して山口市議会の議決を経ないでなした本件約束手形の振出が、同条の制限に反するものであることは明白である。そして、同条の制限に違反する行為は、その行為の相手方及び一般第三者に対する関係においても、代表権限のない行為として無効である。

したがって、本件約束手形は長井市長が被控訴人山口市を代表する権限なくして振出されたものとして無効であるといわねばならぬ。

ところで、控訴人は民法第一一〇条により被控訴人は本件約束手形金支払の責に任ずべきものである旨主張するのでこの点について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば次の事実を認めることができる。

前示のとおり水野繁彦は富士物産株式会社を通じ本件手形を含む前記約束手形十三通の割引を控訴人に依頼したので、控訴人は池上清を山口市に派遣して、右各手形が果して山口市長長井秋穂の派出したものであるか否かを調査させた。池上は昭和三二年一二月一七日頃山口市に行き山口市長公舎において長井秋穂に面会し右各手形振出の有無を確かめたところ、長井市長はこれを肯定し、「右各手形は山口市公会堂の建設資材の購入代金支払のため富士物産宛に振出したものであって、その受取人欄が白地となっているのは、富士物産において割引きを受ける便宜のためである」と説明したので、池上は同市長をして、右各約束手形は正当に振出したものに相違なく、支払期日には如何なる事由が生じても決済する旨の確認書(乙第二号証)を作成せしめ、これを持帰った。次いで控訴会社代表者森脇将光は同月二二日自ら山口市におもむき長井市長に面会して同趣旨の確認をした上、同市長をして「支払期日には絶対相違なく山口市において完全決済する」旨の念書(乙第三号証)を作成せしめた。しかし、池上も森脇も右の程度の調査を以て満足し、長井市長以外に被控訴人山口市の職員等について右各手形振出の事情を調査せず、果して右各手形振出につき山口市議会の議決を経ているか否かを確かめなかった。

以上のとおり認めることができる。前に判示した如く、山口市長長井秋穂の右各手形振出については地方自治法第二三九条の二により制限があるのであるから、控訴人は右各手形の割引をなすにあたり、右各手形の振出が山口市の予算の執行としてなされたものであるか或は山口市議会の議決を経てなされたものであるか否かを調査すべきものであり、その調査は山口市吏員或は山口市議会等に確かめることにより容易に行い得たはずであるのに、控訴人は前示認定のとおり長井市長について右各手形が山口市振出のもので満期に支払われるか否かを確かめただけで、それ以上何等の調査も行われなかったものである。したがって、たとえ控訴人が前示調査の結果右各手形が正当の手続により正当の代表権限に基づき振出されたものであると信じたとしても、そのように信ずるについて過失のあったことは否定し得ないところであるから、本件手形の振出行為につき民法第一一〇条を類推適用することはできないものであって、被控訴人が同条により本件手形金支払の責に任ずべきものである旨の控訴人の前記主張は理由がない。そうだとすれば、控訴人に対し本件手形上の債務の不存在の確認を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものである。

そして、≪証拠省略≫によれば、本件公正証書は本件手形を含む前示十三通の約束手形金合計一、九一一万円の弁済のため控訴人と被控訴人代表者長井秋穂及び長井秋穂との間に作成せられたものであるが、被控訴人が本件手形金の支払義務を負担しないものであることは前に判示したとおりであるから、その余の争点につき判断するまでもなく、本件手形金三〇〇万円につき控訴人より被控訴人に対する本件公正証書に基づく強制執行の排除を求める被控訴人本訴請求は正当として認容すべきものである。

右と結論を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

二、反訴請求について。

控訴人は控訴審たる当審において本件反訴を提起したところ被控訴人はこれに同意しないので、右反訴の提起が適法であるかどうかについて判断する。

民訴第三八二条が控訴審における反訴の提起について相手方の同意を必要とする旨定めているのは、相手方に第一審における審理の機会を失う不利益を与えないためであるから、相手方が右の如き不利益を被むるおそれの全く存在しない場合には、右相手方の同意を必要としないものと解される。ところで、本件反訴は、若し被控訴人主張のとおり本件公正証書が無効であるとするならば、長井市長は自己に被控訴人山口市を代表する権限のないことを知りながら無効な本件公正証書を作成し、控訴人に金一、九一一万円の損害を被むらせたこととなり、被控訴人は民法第四四条第一項の類推により控訴人に対し右損害を賠償すべき義務があるから、控訴人は被控訴人の本訴請求が認容せられた場合、予備的に被控訴人に対し右損害金の内金三〇〇万円の支払を求めるものである。したがって、本件反訴は本訴と全く訴訟物を異にし、且つ本件記録によれば本件反訴の訴訟物たる損害賠償請求権については第一審において何等審理せられていないことは明らかであり、被控訴人が民法第四四条第一項の類推により損害賠償責任を負うか否か、ことにその損害賠償責任額については第一審に提出せられた訴訟資料のみによりこれを十分に判断することはできないのであるから、被控訴人の同意のないことを無視して本件反訴の提起を許すならば、被控訴人が事実審の二審制について有する利益を害されることは明らかである。しからば、被控訴人の同意しない本件反訴の提起は、不適法であるからこれを却下すべきものである。

よって、本件控訴は理由のないものとしてこれを棄却し、本件反訴は不適法としてこれを却下し、訴訟費用の負担につき、民訴第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本冬樹 裁判官 長谷川茂治 横山長)

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